つもちゃんのひとりごと (2017年08月)

古い記事のリンクは切れていることがありますが予めご了承下さい。
2017年08月16日 その2  本日のお題:芙蓉録
72年前の出来事を(日時はリアルタイムで)呟いている、芙蓉録というアカウントがあることを知った。
北朝鮮方面が不穏ですが、こうならないことを切に祈るのみです。
2017年08月16日 その1  本日のお題:そういえばあれから、
10年、か。
夏、帯広のJANOGに行く途中に幸福駅に寄ったりしていた時だったなぁ、と偶然思い出して紐解いてみたら、ちょうど10年前。
そんなに前のことではないような気がするけれど、その頃に出逢った人は等しく10年歳をとってるんですよね。なんだか不思議な感じ。

あの頃、10年後にこういう立場でこういう生活をしているなんて思ってもみなかったし、あの頃のいろいろな人との出逢いがなければ、きっと、今こうした形で生きていくことは出来なかった。
最近では珍しく感傷にひたりながら、いろいろな人へ感謝する、そんな夏の夜です。
2017年08月07日  本日のお題:平和宣言を聞いて
(リンク先が多いのでFBで見ている人はWebに飛んでから読んでください)

今年の平和祈念式典は日曜日でした。
テレビやラジオの中継では、いつも内閣総理大臣の挨拶までで中継が終わってしまい、その後に挨拶する広島県知事や国連事務総長に対して失礼だし、県知事や国連の考え方も中継すべきと思っていたのですが、今年は日曜日だったからか、終わりまでテレビ中継がありました。(後で番組表を見たら、中国地方以外では総理大臣挨拶までの中継だったみたいですね。)

アナウンサーのコメントや有識者?の解説無しで、最初から最後まで単にそのまま中継すればいいのに、と毎年思うけれど、どこの局もやらないのが残念です。せめてコミュニティFMぐらいやればいいのに。
ニコ生も中継してると思うけど、どんな形でやってるんだろ。

今頃になって知ったのですが、2007年1月4日、アメリカのキッシンジャー氏、シュルツ両元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院議員(4賢人と呼ばれているそうです)が、ウォールストリートジャーナルに"A World Free of Nuclear Weapons"と題する論文を発表しています。(上記リンクは全文見れないと思うので、こちらのPDFを参照。)
残念ながら邦訳が発見できず、きちんと読めているわけではないですが、「核軍縮を巡る新たな動向」研究報告書第3章も参考にしてみると「冷戦時代は、暗黙の了解で『核抑止力』が機能していたが、北朝鮮やテロリストが核兵器を手に入れる脅威が出てきた中で、彼らが核を無秩序に使用することが最も脅威であり、『核抑止力』自体が意味を持たなくなってきている」というようなことが書いてあると思います。
「核抑止力」に対して一定の評価があったとしても、それ以上のリスクが違うところに存在するのでやはり核廃絶が必要、というこの主張は、少なくとも自分には非常に説得力のある内容でした。

今年の広島市長の平和宣言では「為政者」へ向けたメッセージが主体だったように思います。もちろん、核兵器を持っている「為政者」への働きかけが第一であることは論を待たないけれど、果たしてそれだけで十分なのか、わざわざ「為政者」に限る必要があるのか、という印象は受けました。

【参考】

余談ですが、内閣総理大臣挨拶では「非核三原則を堅持し」と明確に述べたけれど、その後の会見では「法制化は不要」と述べたとか。いろんな「事情」があるんでしょうけど、一般には分かりにくいですよね。単に批判するんじゃなくて、その「事情」を考えてみることは必要なんじゃないかな、と思います。

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